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濠川は豊臣秀吉の伏見城築城の際に外堀として作られた歴史の古い運河です。
明治になってから、琵琶湖疏水とつながれました。
琵琶湖疏水は区分上は濠川との連結地点で終わりですが、当サイトでは濠川を下って疏水の水が宇治川に注ぐところまで、水の流れを追うことにします。濠川にかかる橋にも「疏水」と書かれているものがあります。

流域には酒造会社が多く、大きな工場や白壁の酒蔵が並び、伏見らしい景観を作り出しています。
寺田屋や西岸寺など幕末の坂本龍馬の足跡が残っているのも興味深いです。

24号線(濠川)

鴨川運河の終点の船溜まりから24号線に沿って、西へ300m歩きます。
信号の向こうの坂はインクライン跡。
濠川
このあたりは伏見撞木町。
忠臣蔵の大石内蔵助が通った遊郭があったところ。
花魁、浮橋太夫にうつつを抜かし、「浮さま」とあだなをつけられて、腰抜け侍のレッテルを貼られ・・・。

だがしかし!

(疏水とは関係のないはなしでした)

レンガのトンネルから琵琶湖疏水の水が出て来ます。
濠川


濠川の始まりです。
濠川


津和橋(濠川)

津和橋。すぐ上流を近鉄線の鉄橋が渡っています。
濠川にかかる橋

疏水放水路が西向きに枝分かれ。
東高瀬川を経て宇治川へ流れ出ます。
濠川にかかる橋

住吉小学校の前に伏見制水門があります。
濠川にかかる橋


上板橋(濠川)

伏見制水門を抜けると、
濠川にかかる橋

上板橋です。
濠川にかかる橋

その先に最初のクランク。
濠川にかかる橋

このあと何度もカクカクと直角に曲がりながら南へと向かって行きます。
濠川にかかる橋
川に沿った道はあまりありませんが、駐車場などのフェンスの向こうにちらちらと濠川が見えるので見失うことはありません。

辻々にお地蔵様の祠が多くあるのも伏見らしい景色です。

常盤橋(濠川)

クランクの終わりに「常盤橋」があります。
濠川にかかる橋


いものや橋(濠川)

常盤橋からいものや橋までは細い川沿いの歩道があります。
濠川にかかる橋
いものや橋を過ぎるとまた濠川はクランク。
道は川から離れます。
濠川にかかる橋


丹波橋(濠川)

鋳物屋橋から、紙子屋町内に3つのクランクがあります。
濠川にかかる橋
濠川にかかる橋

その次が丹波橋。
濠川にかかる橋
丹波橋といえば京阪、近鉄の大きな駅ですが、橋はとても小さいものです。

まっすぐ東へ行けば駅です。

丹波橋上に立てば、下流側に月桂冠の醸造工場が見えます。
濠川にかかる橋


桝形橋(濠川)

桝形橋は架け替え工事中でした。
濠川にかかる橋

桝形橋のあとはクランク。
濠川にかかる橋

下板橋(濠川)

下板橋。
濠川にかかる橋
濠川にかかる橋
またすぐにクランクです。

土橋(濠川)

どばしと読みます。
濠川にかかる橋


聚落橋(濠川)

交通量の少し多い聚落橋です。
濠川にかかる橋


毛利橋(濠川)

毛利橋上から下流を望むと月桂冠の巨大な建物が。
きっとサイドの階段からの景色はスリリングなのでしょう。
京都 伏見濠川にかかる橋

次は大手筋にかかる大手橋です。
京都 伏見濠川にかかる橋


大手橋(濠川)

交通量の多い大手橋。
東岸には伏見の清酒「富翁」の北川本家。1657年創業の老舗です。
京都 伏見濠川にかかる橋

西岸にはかつて、寺田屋で襲われて逃げて来た坂本龍馬が隠れた材木小屋がありました。
京都 伏見濠川にかかる橋
京都 伏見濠川にかかる橋


阿波橋(濠川)

北川本家の工場。
京都 伏見濠川にかかる橋
阿波橋は魚屋通にかかる橋。
京都 伏見濠川にかかる橋

下流には伏見出会い橋が見えてきます。
京都 伏見濠川にかかる橋


伏見出会い橋(濠川)

伏見出会い橋で濠川はT字に突き当たり、東西に分かれます。
京都 伏見濠川にかかる橋
京都 伏見濠川にかかる橋
橋は三つ又の変わった形状をしています。
京都 伏見濠川にかかる橋
木の床板なので、歩くたびにギュッギュッと音がして風情があります。

東向きは寺田屋や十石舟のほうへ。
京都 伏見濠川にかかる橋

西向きは旧高瀬川が流れ込んできて、すぐにカーブして南向きに変わります。
京都 伏見濠川にかかる橋


肥後橋(濠川)

肥後橋のたもとには三栖神社があります。
京都 伏見濠川にかかる橋
三栖神社は10月の炬火祭(たいまつまつり)で知られています。
たいまつといっても重さ800kg、長さ6m、直径は2m近くある巨大なもので、火が点けられれば大きな火炎が立ち上がります。

天武天皇の大津行幸の際に村人たちが沿道を松明で照らしたのが始まりとされています。
7世紀のことですから、詳しい記録はありませんが。

伏見港橋(濠川)

京阪電車の鉄橋です。
京都 伏見濠川にかかる橋
京都 伏見濠川にかかる橋

伏見港公園にかかる伏見港橋。
伏見港公園は1967年に整備されました。
橋は歩行者専用です。
京都 伏見濠川にかかる橋

南側には外環状線の高架橋。
このあたりでは車はかなりスピードを上げて通り過ぎていきます。
京都 伏見濠川にかかる橋
もう宇治川はすぐそこです。
京都 伏見濠川にかかる橋


三栖閘門(濠川)

三栖閘門は1929年に造られました。
京都 伏見濠川にかかる橋

二つのゲートで伏見港と宇治川の水位を調節して船を通します。

濠川のゲート。
京都 伏見濠川にかかる橋

宇治川側のゲート。
あいだに船着き場があります。
京都 伏見濠川にかかる橋

この先は宇治川です。
京都 伏見濠川にかかる橋
これで琵琶湖疏水から濠川への旅も終わりです。
おつかれさまでした!

左手には大きな鉄橋が見えます。
京都 伏見濠川にかかる橋


京橋(宇治川派流)

いったん伏見出会い橋まで戻って、今度は東向きの水路(宇治川派流)に沿って歩いてみます。
こちらはかつておなじみの寺田屋をはじめとして多くの旅籠や蔵があり、港として多くの船が行き来して繁盛したところ。
川幅も今の倍もあり、元禄時代にかけられた蓬莱橋は全長70mもあったそうです。
明治時代まで、外輪船が就航するなど活気にあふれていました。

京橋は竹田街道の橋。南に向かえば中書島の駅です。
京都 伏見濠川にかかる橋

京都 伏見濠川にかかる橋


蓬莱橋(宇治川派流)

蓬莱橋の北側には坂本龍馬が定宿にしていた寺田屋や、龍馬通り商店街があります。
大河ドラマで『坂本龍馬』が放映された2010年は観光客であふれかえっていました。

蓬莱橋。
京都 伏見濠川にかかる橋

寺田屋。
今は小さな公園になっているところが旧寺田屋の跡地。
残念ながら寺田屋は明治時代に焼失してしまい、いま見学できる隣の旅籠のお部屋やお風呂はレプリカです。
でも、当時の雰囲気は十分に味わえると思います。
京都 伏見濠川にかかる橋
京都 伏見濠川にかかる橋

龍馬通り。寺田屋で襲われた龍馬が夜中に裸足で逃げたとか。
京都 伏見濠川にかかる橋

冬期以外には十石舟や三十石舟が運行しています。
京都 伏見濠川にかかる橋
緑が多く美しい景色です。
京都 伏見濠川にかかる橋

キザクラカッパカントリーも近いです。

弁天橋(宇治川派流)

弁天橋のたもとには「中書島の弁天さん」として親しまれている長建寺。
京都で弁天さまを本尊とするお寺はここだけだそうです。
京都 伏見濠川にかかる橋
赤い竜宮門と酒樽が独特です。
京都 伏見濠川にかかる橋
廻船の守護神として、遊郭で働く遊女の技芸上達の神として信仰を集めてきました。
京都 伏見濠川にかかる橋

伏見夢百衆や月桂冠大倉記念館も人気です。
京都 伏見濠川にかかる橋


下流には京阪電車の橋。
桁下高160cm。頭すれすれを電車が走ります(怖
京都 伏見濠川にかかる橋


平戸橋(宇治川派流)

平戸橋は小さい橋。上流側を近鉄電車が横切ります。
京都 伏見濠川にかかる橋

下流側には外環状線と京阪宇治線が渡っています。
京都 伏見濠川にかかる橋
その向こうで平戸樋門を通って宇治川に注ぎ込んでいます。(冬のいまは水が枯れています。)

これで宇治川派流はおしまいです。
おつかれさまでした!
鴨川分線は御池通北側から暗渠に入ります。
琵琶湖疏水 鴨川分線

京の冬の風物詩、ユリカモメです。
鴨川と琵琶湖を毎日往復しているんだとか。
琵琶湖疏水 鴨川分線

鴨川対岸には川床が並び、京都らしい風景です。
琵琶湖疏水 鴨川分線

疏水はこのあと三条・四条・五条・七条の橋も潜ったままで、再会できるのは塩小路通となります。
鴨川運河は冷泉放水口から御池までは開渠。
そのあいだ二条通を一度くぐります。
琵琶湖疏水 鴨川分線

となりの鴨川には二条大橋。
琵琶湖疏水 鴨川分線

まっすぐ南下していきます。
琵琶湖疏水 鴨川分線
雪の大晦日の哲学の道です。
哲学の道
こんなに降ったなら誰も歩いていないかと思いましたが、それなりにたくさんの人とすれ違いました。
哲学の道

まだ残っているカエデが綺麗です。
哲学の道


そのあと銀閣寺に入ったら、大勢の観光客で混んでいて驚きました。
さすがは世界文化遺産ですね。
銀閣寺

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